マチュールライフニュースレター お知らせ 福祉最前線 ニュースレター 会社概要 ホームページ

アカデミックラウンジ
地域福祉を再考する(2)

大阪市社会福祉研修・情報センター 所長
大阪府立大学 名誉教授 右 田 紀久惠


−「地域福祉」と「地域の福祉」は違うのですか。


 施設施策中心から地域に視点を移し、在宅福祉サービスを充実させるだけでは、自治体型地域福祉とは言えません。「地域に焦点を当てた」という意味では様々な施策がありますが、地域を「施策の対象」に留める限り、それは「地域の福祉」で、「地域福祉」とは区別して考えています。「地域福祉」は、「地域」と「住民」を主体として捉え、地域社会を形成してゆく主体性・内発性・自治性を基本要件としている点が「地域の福祉」との差です。ですから、住民や地域レベルでの内発性や自治性の側面にかかわり、地域社会を形成する力を高めてゆく方法こそが「地域福祉」の実践理論の重要な分野となるのです。
 自治型地域福祉は、単なる機能的なネットワークや公私協働にとどまるのではなく、地方自治と不可分の関係のなかで、地域社会において住民の主体力・自治能力によって新しい質の地域社会を構築しようとするものです。具体的に言えば、「地域福祉計画」やコミュニティワークなどの専門技術を用いて展開されるサービス体系と、地域組織化、ボランティア・NPOなどの住民の活動を通して、「新たな公共」と協働社会を創り上げていくことなのです。

−福祉国家であるイギリスに滞在されてどのような影響をうけられたのですか。
 福祉国家を標榜するイギリスに最初に渡ったのは、1969年で、大阪府立大学の海外研究制度によりロンドン大学LSE客員研究員としてイギリスの制度や政策と運営の実態と、専門職の養成と住民への福祉教育について研究するためでした。
 ちょうど出版されたばかりの「シーボーム報告」からは、非常に大きな示唆を得ましたし、イギリスで地域住民として生活をし、近隣との交流から学んだものは数え切れないくらいです。特に、初めてのイギリス滞在ということもあって、実践現場と生活から文献では得られない、多面的な地域福祉につながる貴重な素材を吸収することができ、これらが私の地域福祉論の素材となっています。
 イギリスでは、国と地方自治体の行財政責任や社会福祉分野のマンパワーに驚きましたが、それ以上に人々の地域住民としての意識や生活の中に定着している「パブリック」、「ソーシャル」、「コモン」の認識とそこから生まれてくる「協働」や「寄付文化」などを学びました。
 例えば、社会福祉施設も公園も地域住民にとっては共同財産(コモン・グッズ)であり、自分たちの社会資源であるからこそ、ボランティアとして日常的に労務を提供したり、募金活動に関わるのです。また、遺産を寄付することにも特別意識はないのです。

−イギリスと日本の違いは何でしょうか。

 イギリスとの歴然とした差は、国と地方の責任のあり方です。まず、イギリスは、ベバリッジ報告にあるように、ソーシャルサービスのなかの所得再分配に関わる分野は国の責任で、パーソナル・ソーシャル・サービスは地方自治体が行うことがはっきりと決まっています。
 第二に、パーソナル・ソーシャル・サービスの運営については、地方自治体ごとに違いと特徴があるということです。それは、地方政府の主体性と自治性を示しています。文献も少ない当時、この点をわが国の知識をもって理解することは容易ではありませんでした。
 さらに、地域単位のサービス配置やサービス供給拠点の運営方法、公私協働の実態も調査しました。イギリスのほとんどの自治体は、多様な手法を駆使して情報を提供することによって、住民の「知る権利」と「サービスへアクセスする権利」を保障しています。また、地域社会には、オンブズ制度や企業の社会貢献など地方自治体の福祉サービスを支え、豊かにするための手法が多様に存在することによって、多様なニーズに対応することができることがわかりました。
 加えて、パーソナル・ソーシャル・サービスにおける「支援」の考え方を学んだことも大きな意義がありました。わが国では、当時は「給付」と「措置」を異議なく受け入れていましたが、イギリスの福祉サービスは「利用者の地域生活の支援」を原理としていました。コミュニティケアは、サポートサービスの一部と位置づけられています。ですから、公平・公正・画一性が必要である国の給付行政と、地域密着型、地域生活支援型である地方自治体のサービスとが区別され、それぞれ責任分担で運営されていることは、当時としては、非常に新鮮でした。

−これからの日本の地域福祉についてお聞かせ下さい。

 わが国の地域福祉の研究には、まだ多くの課題が残されています。地域福祉の概念が未確定のまま社会福祉法上に「地域福祉」や「地域福祉計画」などの用語が明記されたことで、課題は更に大きく、重くなりました。また、地域福祉は社会福祉の一分野とみるのかどうか、についての論議も十分にされているとはいえません。私の「地域福祉」理論化への志向は、期間が限られた中での社会福祉の法・行政やアドミニストレーションの展開でした。ですから、ここしばらくは、地域福祉の基盤となる実践価値を含めた「価値」と「思想」の探求を自分自身への課題として、未定の地域福祉論を構築するための一助になればと思っています。

●プロフィール● (敬称略)
右田 紀久恵(うだ きくえ)
大阪市立大学卒業後、同大学助手、大阪府立大学教授・評議員・社会福祉学部長、東京国際大学教授、広島国際大学副学長を歴任。この間、ロンドン大学客員研究員、シェフィールド大学招聘客員教授。 現在は、大阪市社会福祉研修・情報センター所長、大阪府立大学 名誉教授。

<著書・共著など>
『講座:戦後社会福祉の総括と21世紀への展望U』(編著 ドメス出版2002)、『福祉の地域化-21世紀への架け橋/第2巻』(共著 中央法規出版2000)、『地域福祉総合化への途』(共著 ミネルヴァ書房 2000)など多数。

 

| INDEX |
 

Top


All Rights Reserved
Copyright (C) 1997-2004 MATURE LIFE Inc.