−ホームヘルパーの健康問題について取組んでおられるとお伺いしています。
ホームヘルパーの健康問題の重要性を考えるようになったのは、ある自治体(以下、「A市」)での経験がきっかけです。介護保険の実施直前の時期、全国の自治体では、すでに訪問介護のかなりの部分を民間に委託するようになっていましたが、A市では、民間事業所への委託を進めながらも、重度の要介護者については、市のホームヘルパーが積極的に介護を引受けていました。しかし、重度の方への介護が増えた結果、ヘルパーの間に腰痛や頸肩腕障害などがみられるようになりました。それがどんどん増えていき、1997年度には、50人のヘルパーのうち、腰痛や頸肩腕障害で1ヶ月以上休業された方が7名も出ました。さらに次の年には10名に増えました。誰かが休むとその分を仲間がカバーする、次にはその仲間の負担が増えて病気になる、そういうドミノ現象を目にしました。
しかし、介護保険実施前の当時の議論では、「介護される人」ばかりに注意が払われていて、「介護する人」にまで目がいかず、まだヘルパーの健康問題の重要性を考える人は少なかったように思います。
- もとは、保育所の保育士の健康問題について取り組まれていたそうですね。
大学生4年生のとき、保育所の保育士のなかに腰痛や頸肩腕障害の多発が社会問題になりつつあるとき、それに関わる機会がありました。保育士さんたちが労災申請のための自己意見書を作るにあたり、私の先生方が関わって原因についてみんなで検討しようということで、1973年の6月に発足した保育労働研究会の事務局を担当するようになったことから始まり、30年後の現在も保育士の健康問題に関っています。
私は、保育については、「よりよい保育を受ける権利」と「保育士が健康に働く権利」という2つの権利を統一的にとらえることが大事だと考えています。これは、ヒューマンサービスの健康問題の基本として、保育士だけでなく、学校の教員、手話通訳者、ホームヘルパーなどにも共通することです。
ヒューマンサービスは、その質を決める要因については、「人」が占める割合が一般の業種に比べて高い仕事です。しかし、同じヒューマンサービスの中でも、例えば医療については、その質は人だけでなく病院などの施設や設備などハードも大いに関係しています。一方、訪問介護に関しては、ホームヘルパーという「人」の占める割合が決定的に重要です。
だから、介護保険が議論される時には、高齢者の権利保障だけでなく、ホームヘルパーの健康がその権利保障の基礎的な条件をなすものとして位置付けられるべきです。そういう意味で、私が関わったA市の事例は、警鐘を鳴らしたと思うのです。
ところが、現在、介護保険制度が定着してきたものの、未だ「ヘルパーの健康問題は大切だ」ということには、少なくとも社会的になっていないのです。しかし、実際は、腰を痛めたものの、なかなか治らなくてヘルパーを断念したという事例はいくつもあるのです。
ヘルパーの健康問題、つまりその労働負担については、大きくは、ストレスなどの精神的負担と腰痛などの身体的負担の2つからなります。その2つは、いずれも、疲労蓄積性の問題です。それは、裏返せば、「蓄積しなければ病気にはならない」ということです。A市でも、ヘルパーの疲労が蓄積しなければあのような状況は起こらなかったでしょう。現状をどうみるか、労働負担の要因そのものは何ら改善されていません。だから問題が問題として社会的になっていない、その構造に問題があると思うのです。
―現時点では、疲労が蓄積しないようにワークシェアリングなどを活用しているというよりも、フルタイムを希望しても登録などでしか働けない状況が多いように思います。
それは、言葉を悪く言えば、毒が薄められているために、問題化に至っていないと考えられます。実際に、腰が痛いためにヘルパーを続けたくても続けられないという事例が少なくありません。しかし、登録ヘルパーの場合などは、ヘルパーさん同士の交流の場がないことも要因となって、問題になりにくいのです。
また、ヘルパーが病気にならならなければ、それでよいという問題ではありません。ヘルパーは生き生きとして、心身ともにはつらつと働ける状況が大切です。特に、訪問介護は利用者とのコミュニケーションが重要ですから、ヘルパーが生き生きしていないと利用者にも影響を与えてしまいます。
あと、長い目でみれば、よりよい介護のためには、やはり学習や経験の蓄積が重要になります。ヘルパーは、経験が蓄積されてこそ、よりよい介護につながると思うのです。そういう意味でも、ヘルパーが長く働き続けられる条件が必要となります。働き続け、集団として力量を蓄えていける環境が重要なのです。
●プロフィール● (敬称略)
重田 博正(1949年 大阪生)
淀川勤労者厚生協会社会医学研究所 主任研究員 滋賀医科大学予防医学講座非常勤講師 立命館大学経済学部非常勤講師
<著書・共著など>
『ストレスもつかれもとんでいけ−保育現場の健康法』、フォーラム・A 1999、『なくそう教職員の健康破壊』文理閣1999 他
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