前回話した「軽度要介護者の重度化」という分析に基づいては、別の見方が成立する。 例えば、兵庫県西宮市において、「要介護度悪化+死亡」の割合をみると、要支援がやや高いものの(それでも要介護2よりずっと低い)、「要介護度の悪化=死亡」である要介護5を除くと、やはり要介護度が高いほうが悪化率は高い。となると、基本的には「要介護度が高くなるほど悪化率も高い」という解釈が正しいのではないか。いずれにせよ、この程度の分析結果をもとに、介護サービスの利用抑制を提唱するには時期尚早ではないだろうか。
また、要介護度と死亡率のきわめて高い相関関係について示された、「2015年の高齢者介護」報告に採用されている島根県のある地域における2年間の約8000人の認定状況の推移データと同じように、兵庫県西宮市において、約7000人の認定状況について同じ分析を同市の担当部局依頼したところ、次のような結果が得られた。
表:2年間の死亡率(%)
|
要支援
|
要介護
1
|
要介護
2
|
要介護
3
|
要介護
4
|
要介護
5
|
松江地域
|
8.8
|
14.8
|
20.4
|
23.9
|
32.7
|
41.4
|
西宮市
|
11.5
|
15.0
|
22.2
|
24.5
|
34.3
|
45.8
|
この二つのデータに関する限り、要介護度と死亡率の相関関係には驚くべき再現性があるといえるだろう。この事実は多くの新しい視点を我々に与える。
−新しい視点とは何ですか。
ひとつは若年層の「障害」と高齢者の「障害」は明かに質が異なるということ。もう一つは特に要介護度4、5レベルでは 2年間で34〜46%が死亡している点からも医療がかかわる局面が非常に多いということ。
その他、「障害」とは何かについて色々と示唆されるものがある。前者について言えば、高齢者の「障害」は四肢の運動機能の低下だけでなく、内蔵機能の低下が複雑に関わり合って進行してゆくという、考えてみればあたりまえだが、ケアマネジメントとか自立支援について大変重要な視点が見えてくる。後者についていえば、日本では人生の最後は病院で終える場合が大多数である。とすれば、このレベルの要介護者の場合、最終段階では、入院、退院という事態がかなりの割合で発生するから、そのような事態に常に備えておく心構えが必要だ。また、在宅でも緊急な医療対応が必須である。
要するに主治医、訪問看護の役割がとても大きくなる。介護保険は「介護と医療」については、議論も制度的な面でも、整理不十分なままスタートせざるを得なかったことが、かねてより指摘されている。このような具体的かつ実証的なデータをベースにすることによって、ケアマネジメントの論議を大いに前進させることができるだろう。
−最後に、介護保険改正に向けて望まれていることは何ですか。
介護保険の改正に関して、たとえ多くの政治家が介護保険料アップを本気で視野にいれることに及び腰であったとしても、もともと北欧をモデルにした「地方自治の試金石」とまでいわれた介護保険を、安っぽい政治家たちの従来的な価値観の世界に投げ込んで欲しくない。本当に市民生活の幸福と安全のために必要な財源調達のための議論を、給付と負担の正攻法で、この制度の創設時のように、市民と真っ向勝負してゆくためには、前出の西宮市の「安心感」のデータのように、介護保険制度の創設が市民生活にどのような前向きの変化をもたらしたかについての総括評価をもっとしてもらいたい。
−ありがとうございました。
●プロフィール● (敬称略)
岡本祐三(1943.11.25日生)
阪南中央病院内科医長・健康管理部長、神戸市看護大学教授を経て、2001年に国際高齢者医療研究所 岡本クリニックを開設し、現在に至る。
痴呆ケア研究検討委員会委員(1998-2000)
NPO介護保険市民オンブズマン機構大阪代表理事(1999-)
兵庫県介護保険サービス苦情処理委員会会長(2000-)
<著 書>
「デンマークに学ぶ豊かな老後」 朝日新聞社・朝日文庫
「医療と福祉の新時代」日本評論社 他 多数
|
|