○アメリカでは、質の管理はどのようになっていますか。
費用の負担能力に応じて受けられるサービスが決まるのがアメリカの大きな特徴です。高い費用を払えば世界一のナーシングホームに入ることができるし、費用が払えなければそれなりの施設ということになります。アメリカでは、ナーシングホームの質の低下は深刻な社会問題になっていて、時に命にかかわるような犯罪に近いことさえおこります。連邦政府の調査によれば、州や連邦の基準を満たしている施設は1/3程度といわれています。そこには、ナーシングホームの8割が営利企業による運営で、全国的にチェーン展開している大企業による寡占化が進んでいるという背景があります。州はナーシングホームに対して監査を行い、メディケアやメディケイドなどを不正に利用していないかどうかチェックしています。でも、実際は、公的コントロールはきかなくなっているのです。
例えば、州の監査で虐待の事実が発見されれば、メディケアの不正請求ということで罰金刑が科されます。ですが、ある程度の罰金は、あらかじめ経費として施設で予算化されているといいますから、罰金の抑止効果もあまり期待できない状況です。そこで、アメリカでも一番状況が深刻だとされるカルフォルニア州では、司法省が乗り出して、施設を抜き打ち調査し、刑事事件などで告発する形をとっています。
しかし、アメリカにおいての質の管理は、基本的に「自己責任」「自己解決」です。ですから、ナーシングホームで問題があった場合、入所者は自分や家族で訴訟を起こすわけです。それより以前に、「そんな施設に入所したあなたが悪い。入る前にしっかり調べなさい。」というように「自己責任」が問われるのです。「しっかり選びなさい」といっても、費用が払えなければよいナーシングホームを選ぶことはできません。お金がなければたとえサービスが悪いと分かっていても、そこに入所するしかないのです。徹底した市場原理です。
○どうして国際比較に興味をもたれたのですか。
今までの福祉分野における国際研究では、断片的な諸外国の取り組み事例の紹介が多かったように思います。介護サービスの質の管理といえば、アメリカのオンブズマン、第三者評価システムといった事例が紹介されます。事例の紹介や研究は重要ですが、社会構造やサービス供給の理念の違いを前提に理解することが大事です。アメリカは介護サービス供給も市場原理であり、サービスの質についても基本的には自己責任、自己解決であること。そのような構造の上に、オンブズマンや第三者評価が存在しているということを理解しなければなりません。スウェーデンでは第三者評価は、アメリカほど一般的ではありません。それは自治体が入札を通じて、サービスの質を評価しているからです。それぞれの国の社会保障の形にあった取り組みが展開されているのです。
あと、「家族の負担」に関しても関心があります。日本は、家族の負担増加に向かっています。日本の福祉は、経済の事情によって大きく影響されます。そして、福祉が後退すると、家族の役割がクローズアップされるのです。
スウェーデン、ドイツ、アメリカの3つの国の介護保障を比較してみると、スウェーデンでは、介護労働を外部化し、その費用は公的負担でまかなう事により、家族の直接的な介護負担を軽減しています。ドイツの介護保険制度では、在宅福祉の7割が現金給付です。つまり、介護における家族の労働力に期待し、それを社会的に貨幣評価しているのです。アメリカでは、すべてが利用者の費用の負担能力によって決まります。
最近、ドイツで興味深いことがありました。ドイツでは1995年の介護保険の導入以来、1.7%の保険料率は変わっていませんでした。でも、2004年に、10人の子どもがいる男性が、介護保険制度は違憲だと訴訟を起こしたのです。10人子どもを育てている自分と子どもがいない人と保険料が一緒なのはおかしいというのです。結果として、違憲判決が出されたので、政府は制度改革を迫られ、2005年1月から子供のいない人の保険料は、1.95%に引き上げられたのです。ドイツでは介護が社会化されているとはいえ、現金給付受給者が多いことに象徴されるように、介護労働の担い手は家族に期待されています。育児においても同様の傾向がありで、特に南部の地域ではカトリックの影響で介護や育児の「家族責任」の意識が強い気がします。
日本では、「介護は家族で!」という人が多い割には、介護の外部化志向が強まっていると思います。介護保険制度の導入時に、現金給付は原則として取り入れないことになりました。このように介護保障の形は実にさまざまです。日本の介護保障のあり方を考えていくときに、これまでのように世界の国々の取り組みを断片的に取り入れていくのではなく、日本はどのような介護保障を目指すのかという理念を深く議論することが必要だと思っています。
○ありがとうございました。
●プロフィール● (敬称略)
斉藤 弥生(さいとう やよい)
1987年学習院大学法学部卒業後、スウェーデン・ルンド大学大学院政治学研究科に留学。1993年より大阪外国語大学地域文化学科(スウェーデン社会研究)助手、講師、助教授を経て2000年より大阪大学大学院人間科学研究科助教授
【主な著書】
「体験ルポ日本の高齢者福祉」(共著 岩波新書 1994)、「スウェーデン発高齢社会と地方分権」(共著 ミネルヴァ書房 1994)他多数。
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