○先生が関わっておられる福祉専門職の養成のなかで特に重要だとお考えの点をお聞かせください。
専門職の養成のなかでも、とくに相談業務は大事だと思っています。例えば、ケアマネジャーは、本来は利用者などの相談に乗らなくてはならないのです。でも、現実では、ケアプランを立てるプランナーのような状況になっています。利用者のニーズに応えるためにどのような相談ののり方があるのか、どんなコミュニケーションスキルが必要か、といったことが抜け落ちています。もちろん、プランニングも大事ですが、いろいろな話の中で利用者のニーズをうまくとらえ、プランニングにつなげていくことが大切なのです。
そのためには、根本的には大学教育が大切です。ですが、今のところなかなかそこまでシステマティックに考えられてない部分があると思います。それは、カリキュラムの問題ではないのです。本来、「私たちはこういう教育を受けて、こういうふうになりたい」という目標があって、その過程のなかで不都合があれば、社会福祉士会、精神保健福祉士会な
どが厚生労働省に提案する。そうやって学校教育プログラムが変わっていくのがあるべき姿です。でも、実際は、そうではなく、学生は「原則」を覚えるだけで終わっています。
試験には限界があるので、それぐらいでいいのかもしれません。でも、具体論が書いてある教育が標準化されてこないと、実際の相談業務は難しいのではないかと思うのです。
○そういうことは、教育できるのですか。
実践的な部分については、努力がなされています。例えば、これまでなかなか言語化されてこなかった認知症のケアについては、今、言語化する作業が進められています。
これからの時代は、教員と現場の方たちが協力して、現場が持っている実践知のようなものを言語化し、新たな教科書にしていくことになると思います。
そもそも、昔は、医学教育も今みたいに体系化されたものではなく、それを言語化していく作業があった。その結果、今ではきちんと教科書になっているのです。しかし、この分野での実践的な知識は次々とリニューアルしていくのですが、教科書はややもすると10年間ぐらい同じです。つまり、研究者や実践者の様々な発見が反映されていないのが現
状です。
アメリカの教科書を見ていると、第4版、5版、6版と変わっています。ですが、日本では、刷り増しはあるけれど、改訂版が出るのは社会資源の内容や法律が変わった時だけで
す。ですから、これからは、現場で得てきた知識を取り入れて、改訂バージョンをつくっていかなければいけないと思います。例えば、「倫理的な決断をするときにどんなステップを
踏んでいけばよいのか」ということについて、相談業務に関わる人たちは困っているのです。そして、いろんな分析の中から「こういうステップを踏みましょう」、「こういうチェックポイントがありますよ」ということが出てくるのです。現場で「困ったこと」をわれわれが受け止め、言語化して教科書にしていく。そういうことをどんどん行っていくことが大切です。
私は、教科書が良いか、悪いかは、世間に問えばいいと思います。それで、よい教科書であれば、さらに良いものにするために、「現場ではこういうふうにしています」ということをフィードバックしてもらって教科書を変えていく。そうやって教科書に反映させていくことが学問の進歩だと思うのです。
○最近、現場の方がアカデミックな分野に入ってきていることによって、フィードバックは進んでいますか。
現場での個人的な経験には、非常によいものがあります。ただ、そこで考えなくてはならないのは、それを普遍化できるかという点です。学生にもできるのかという点は飛ばしてはならない部分ですから、現場の人たちと私たち教員が一緒に考えていかなくてはなりません。
実際、現場とアカデミックな分野をどうつないでいくのかというのは、私たちの今後の大きな仕事だと思っています。ですから、実習訪問でも、実習生を送り出すことだけでなく、現場の意見もいろいろ聞きます。現場ではどういうことにお困りなのか、あるいは、今回の障害者自立支援法をどのように思われているか、など。そういうディスカッションを通して、「教育の分野では、こういうことも考えてもらえるのか」と分かっていただく。そういう、お互いのインタラクションが大事なのです。大学の教育では、実習を通して、いろんなチャンネルから現場の声を拾うことも大事だと思います。
(→次号へ続く)
●プロフィール● (敬称略)
岡田 進一(おかだしんいち)
1963 年生まれ。米国コロンビア大学大学院・博士課程修了専門分野;社会福祉学・高齢者福祉学・障害者福祉学高齢者に対する介護・福祉・保健における地域支援や政策などに関する幅広い研究とともに、精神障害者に対する地域支援についても多角的に研究に取り組んでおられます。 |
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